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~ 迷える子羊ならぬ 迷えるメシアの戯言 ~   "狂乱の貴公子" The Messiah, Ronald Oscar のブログ(仮)
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Ronald Oscar
神聖ゴルゴタの陸メタルの会総帥 / KILLING ROSE リーダー(Vo/G)
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偽善なのか自己満足なのか
自分ではそのどっちでもないとは思いたいですが
まあ多少なりともどっちもの要素は
意識してなくても絡んでたりするんだろうけど…。



明らかに道に迷ってそうな人とかいるじゃないですか?


結構放っておけないというか。


たまーにだけど、声をかけてみることがあります。



でも現代のこの東京において
それは余計なお世話以外の何物でもない場合も
少なくはなく…。


親切心で声をかけても
逆に警戒されてガンシカされることもありますしね。


相手が女性であればなおさら。



それを考えると当たらず触らず
インチキおもてなしの日本人精神が
正解なんだろうし。





ということもあり気になってもスルーする
正しい日本人像を実行することも少なくないんですが、
久々に声をかけてみました。


今のこのご時世にプリントアウトした地図を見て
立往生して困ってるご婦人でした。


スマホの地図アプリでGPSつけて
誘導してもらえよ
なんてことはとてもじゃないけど
通用しないような人種です。


どうしようかなーって迷ったんですが
信号待ちをしていて時間もあったので
声をかけてみたら
結果喜ばれたようなのでよかったけど、
そこでさらに思ったわけですよ。


あの人は目的地に辿りつけたのだろうか、と。


土地を知ってれば普通に徒歩5分くらい。


でも多分10分歩いても
辿りつけてないんじゃないかなーとか思ったり…。


そう考えると誘導してあげてもよかったんだけど、
流石にそれはやりすぎなんだろうし。


声をかけた手前、ある程度はしたいけど
どこまでやるのが正解なのかわからないし、
相手がどこまで望んでいるのかもわからない。


結局そう考えると
当たらず触らずの日本人精神が正解なんだろうし。



前に外人だったら普通にいくことも
日本人だったらそうもいかない
って書いたことがあるけど、
これもそれと同じ。


外人だったら適当に話しながら誘導したりするよ。


まあ詐欺もあるけど…。


いったい親切って何なんだろう!?



多分性格的な問題もあって
私の場合は何か放っておけないというか
気になってしまうんですね。


多分、自分が世の中から必要とされていない
っていう思いで生きてきたから
どこかでお役に立ちたいっていう
今でいう承認欲求ってやつなのかもしれない。






でも見知らぬ他人のことを考える前に
普通はもっと考えるべき人がいたりするんだろうし。


その距離感の人すらも、介入されたくないって人もいるし。


でもそれっておかしいと思うんだよね。


だったら1人でいいわけだし。


本来はもちつもたれつだと思うけどね。





なーんてことを考える前に、
自分自身のことをちゃんと考えましょう…。


その上で喜んでくれる人が一人でもいればいいかな。










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一応、本ブログでも毎年恒例でやっておりましたので。


とはいえ、放置状態にあった
昨年2020年はやっていないので
まとめてやりましょう。





で、世間様の漢字は、
2020年は「密」
2021年は「金」ですって。


ひと捻りも何もなく、はぁって感じですね。










では当ブログ編。


2020年の漢字

「錆」



2021年の漢字

「痺」



以上です。





来年も似たテイストになる可能性が…。



また来年も続いているかは…不明…!










実現しなかったから書いてもしょうがないけど
一応備忘録的に。





クラシック音楽はそこそこ好きで。


好きなだけで全然詳しくはないけど。


ちなみに祖父は一応名だけの音楽評論家でした。


まあ引退後の名誉職、肩書だけ、みたいなものだったんだと思うけど。


そんなこともあって、親父の実家はそこらじゅう本とレコードだらけで
まさに足の踏み場もない状態だった。


私の手に渡るどころか訳あって1枚も残ってないけど。


まあそんな環境もあり、何かしらの素質はあったのかもしれず。





メタル好きはクラシック好きが多いとか
中でもバロックって短絡的に思われがちだけど、
私はとりあえずベートーヴェンな人なので。


どっちにしてもベッタベタですけどね。


バロック期ももちろん好きですが、
バッハ、ヴィヴァルディ以外わからないに等しいし、
バロックはまさに様式美なので
何聴いてもそれっぽく聞こえるので
全然マニアックにはなれず。


でももちろんあの時代独特の響きは大好きですよ。





ということで、とある自称ヴァイオリニストの方から
とあるバッハの楽曲をギターと合わせたい
という申し出があったのです。


初めは自分のほうが無理だろうと
話半分に捉えていたんですが、
練習してたらちょっとずつだけど
弾けるようになってきて。

ちなみにコンチェルトのワンフレーズを耳コピするのは
メタル耳コピするよりも数億倍血管ブチ切れますね。





そしたら今度は向こうさんが都合つかなくなってしまって…。


まあキャリアはあるらしいですがブランクもある人なので
弾いてるのをほんのちょっと聴いた限りじゃ
聞いてた話と全然レベルが違くてちょっとそれじゃヤバイだろうと…。


そんなことも思っていたら都合悪くなったということなので
まあもう無理なものは理由が何であれ無理であろうと。


できれば今年いっぱい中に
それに絡めた下地を何かできればって考えていたんだけどね。





別に書かなくてもよかったんだけど、
「今年も何もしないで終わった」感も嫌だったので
とりあえずそういう話があったんだよということを書きました。


別に何も書いてない年も何かしら考えたりはしてたし
その中でチャンスがあったりなかったりでってことです。


年々そういう機会が失われているのも否めないが…。





まあせっかくなんで、1人でやってもいいんだけど
私には難しすぎて、コンチェルトのソロ2パートは無理でしょう。


あ、バッハね。


オケ部分はあえてなしにするか
その辺に落ちてそうな音源あって使えれば使うか。



最近ヴァイオリニストの方がロックの領域に入ってきて
それこそバンド編成でイングヴェイをコピーしてるのを
見たこともあるけど
このパターンはないから面白いと思ったのに、残念。





ネットでコラボしてる人とかいて
それはそれで楽しいだろうし否定しないけど、
やっぱり生楽器の音、しかもアコースティックヴァイオリンを
直接体感できるチャンスなんてそうそうなかったからね。


エレキでもそうだけど、スタジオで 100w のアンプで音出すと
全然違うでしょ?


そんな感じです。



何かしら次の目標を見つけて来年に備えたいと思います。










人間の記憶なんて曖昧だなーって
常々思うというか
そう思う機会は年を取るごとに増えているというか…。


まあ私の場合は20代後半くらいからかな、
記憶が抜け落ちるどころか
記憶に留まらないことすらしばしばでね…。


直前の短時間しか記憶が保てなくて
記憶がどんどんなくなる人の
映画か何かがあったと思うけど
いつか自分もそうなるんじゃないかって
危機感を少し感じてたくらいで…。


そういうのが年々酷くなってるなって
確かな実感もあるし。


まあそこまで大袈裟な状況までには至っていませんが、
でも「なんでそれ忘れんの?」
ってことを忘れてることも多々…。






過去にお世話になったというか
お世話したというか、
まあ別にお世話したつもりはないけど
物凄く感謝とかされて
大事に思ってくれた人がいて。


かつては頻繁に連絡を取っていたのが
いつしか数年に一回くらいしか連絡取らなくなり、
それもこちらからするだけで
向こうから来ることはなくなり…。


でも切れない関係だって
勝手に思ってたんだけど。





久しぶりに連絡したら返事がなく
一週間くらいして忘れた頃に一応返事をくれて
でも非常にありがちな社交辞令的な内容。


というか、それ以下かな!?


「なんでコイツから今更連絡が?」
って怪訝に思ってるんだろうなって
簡単に察することができる。


ネット情報でその人が社会的地位が著しく上がっていることは知ってて
人間立場も変われば考えも中身も簡単に変わるなって思ったり。


もはや利害優先で切り捨てられたかって失望したり。



ところが…。





先日部屋の整理やいろんな書類とかも調べてたら、
その人から物凄くお世話になった記録が出てきたんだよね。


しかも自分はそのことをすっかり忘れていた。


しかも詳細までは思い出せない。



いじめとかじゃないけど
したことは覚えてない、
っていうのと似てるのかな!?


その逆というか。



別にお世話したつもりはないんだけど
でも感謝されるようなことは多々したっていうことは覚えていて、
実際よく相談に乗ったりしてた。


しかし逆に物凄くお世話にもなっているのに
具体的には覚えてないだなんて…。


こういうことも実は結構あるのかもしれないって
今回の一件で実感したり。





人間複数人いれば
当然その人数分の視点があるわけで
感じ方や捉え方もその分存在している。


自分が正しいと思っていることも
他の当事者からしてみたら
また全然違った言い分があったりね。


だから今回こっちが失望したというか
ショックだったりしたことも、
相手方にはそうではない他の感情があるのかもしれないし。


特に思いつかないんだけどな…。





お互いに絆は感じていたから
特に改まって口にすることはなかったけど、
それでも冗談半分でお互いにいろいろと言っていた。


信頼関係が成立していて
それは終わることがないと思っていた。


でも、言葉にも賞味期限があるし
そういう関係でも例外はないなんだなーと物凄く悲しくなった。





言葉の賞味期限って、どのくらいなんですかね?










やっぱりジョンの命日ともなれば
何か強烈なパワーが働くのかな!?
タイミングよく全てが終わった。
残りはどうなるのかな!?





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